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 日本はガンダムの方向で



l_ts_daiba06これが量産された暁には、北朝鮮の核開発など…。
というスタンスでいいんじゃない?日本は。

 

本気で核や武力を国間の交渉カードにするなんてクソ食らえだ。

 

「いいんですか、そんな高圧的な態度で。ウチは世界で唯一モビルスーツを装備していますが…。」

我が国はヒトツそんな方向で。

麻生総理もアニメの殿堂に予算を割いてないで、ガンダムに予算を割くべきだと思う。

殿堂じゃ北朝鮮と戦えないし。

 

「あっ、もうひとつ。2015年にはエヴァも完成の予定です」

完璧な交渉カードだね。

 

 

てか、実物大ガンダムが予想以上にカッコ良くて笑った。
7/11〜8/31まで無料公開。

 

>>そうだ、実物大ガンダムを見に行こう

 

間違いなく行きます。



 脳死は人の死….か



多くの人は「生死」の境目がどこかにあると思っているでしょう。

沢山の「死」に立ち会う医師は当然「生死」の境目が判る筈だと思われているでしょう。

私もずーっとそう思っていました。

 

 

でも実は「生死」の境目が判る人なんて医師も含め誰一人いないし、科学や理論でそれを定義する事も出来ません。

 

医師は死亡診断書に「死亡時刻」を必ず記載しなければなりません。

「ご臨終です」と言った時間や死亡診断書に記載される「死亡時刻」と、実体の「死」の時間は間違いなく別物です。

「生」と「死」の境目を知るためには、まず「生きている」とはどういうコトか、「死んでいる」とはどういうコトかの定義が出来なければなりませんが、コレが大変に難しく定義できる見込みもない。

 

法律上の様々な決め事のために「死亡時刻」は実際に記載されるし、その時刻を持って人は死んだと解釈されているのです。

生死の境目や死の瞬間、そして脳死も「言葉」を持ってしまった我々が創りだした概念に過ぎないのです。

 

誰もが普通の感覚で「死」を客観的に簡単に決められると思うでしょうから、臓器移植や脳死の問題が出てきて、じゃあいざ「死」を明文化しようとしたら、実は決められない事が判ってどうにもならなくなっているのでしょう。

今回衆議院で可決されたA案も、否決された残りの3案の中にも、実はどこにも正解はなかったのですから。

 

脳死に関しては、専門家(医師や科学者など)が専門的に(科学的側面から)「死」について議論していると思われがちですが、実のところ日本という共同体では、どうしたら社会が一致して「死」を納得できるかを話し合っていたように思われます。

 

これらは社会や共同体の長い歴史の中での明文化できない暗黙のルールのようなものにも関わってくるので、いざ明文化しようとすると揉めるのは当然でしょう。

 

日本では人工妊娠中絶は、さして大きな問題にはなりませんでしたが、アメリカでは現在でも大統領選挙の争点になるくらい揉めています。日本では今ひとつピンと来ない。

同じようにアメリカでは脳死に関しては最初から揉める事なくすんなり決まりましたので、何故日本が脳死でこんなに揉めているのか判らないのでしょう。

 

脳死は人の死である、と言うのは臓器移植がなければ決めなくても良かった「新たな死の概念」と言えます。

 

脳死と判定された瞬間「人は死ぬ」わけですから、そこにあるのは「死体」です。

その死体から「生きている臓器を取り出す」という不可解。

 

医学や科学技術の進歩により、我々は本来踏み入れてはならない領域に踏み出さざるを得なくなっているし、すでに後戻りも出来なくなっているように思います。



 本日の感心したコピペ 3つ



その1

 

2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。 
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。 

少女「あんたら地元の人間か?」 
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」 
少女「で、何しにきたんや?」 
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」 
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」 
団体「・・・・?」 
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。 
   寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて 
   夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。 
   私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。 
   あんたらにわかるか? 
   消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。 
   でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」 

最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。 
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。 
団体は撤退。 
彼女が門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。 

 

 

その2

 

ある大学でこんな授業があったという。  
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。 
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。 
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。 
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。 
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。 
そしてもう一度聞いた。 
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。 
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。 

教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。 
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。 
「この壺はこれでいっぱいになったか?」 学生は声を揃えて、「いや」と答えた。 
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。 
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」 

一人の学生が手を挙げた。「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、 
 いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」「それは違う」と教授は言った。 

「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、 
 大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」 
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。 
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。 
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。 

それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。 
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、 
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。 
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。 

 

 

 

その3

 

OLだった頃、会社で働いていた日本に超詳しいベルギー人が言ったことに納得してた。 
日本文化は身内受けの凝り性文化だそう。 
外国文化に負けまいとしているのではなく、 
世に意図的にインパクトを与えようとしているのでもなく、 
今ここにいる同じ価値観を共有する仲間からの喝采を浴びたいと考える。 
その結果、同じものを志す者同士の「これすごいだろ、おもしろいだろ」合戦が始まり、 
そこで生み出される物が自然と研ぎ澄まされていく。 
でもその競争は、敵対的なものではなく、お互いを尊敬しあいながら、静かに深く進行していく。 

そしてある日、偶然目撃した異文化出身の人間(外国人)から、 
それがすごいものであることを知らされる。 
ほとんどの日本人はその日が来るまで、自分たちが作り上げた物がすごいものとは知らない。 
もろもろの伝統文化、芸能、電化製品、アニメ、他、みんな同じパターンで世界に広まっていった。 
だから、日本がここまで発展してきたのも必然的なものだし、 
この精神が衰えない限り、これからも日本は誰に頼まれることもなく、 
知らないうちに勝手に世界にインパクトを与え続けていくだろうと。



 本日のお言葉



一生懸命やれば、知恵が出る

 
中途半端にやれば、愚痴が出る

 
いい加減にやれば、言い訳が出る

何が出たのか自問自答してみる。



 世界最速2010年W杯出場決定



やってやりました日本代表。

 

日本が世界で一番最初に2010年ワールドカップ出場に名乗りを上げました。

来年のことを言うと何かが笑う、と言いますがこれから1年間好き勝手な妄想をしてOK。

鬼だって笑いやしません。

 

厳しい予選を闘っている各国にナナメ上目線から「さぁ、オレらと闘うのはドコの国かな?」とか「韓国も厳しいグループだけど頑張るんだよ」とか、「開催時期の南アフリカの気候は?」とか。

わっはっは。

最近は代表戦の視聴率が落ちているだの、やっぱり岡田じゃ役不足、オシムじゃなきゃとか、決定力がどうのこうの、もう何も言えません。

結果が全ての厳しい世界で、ひとまず結果を出したのですから。本当におめでとうございます。

 

スポーツという一般の人が興じれば娯楽という消費行為になるものを、スポーツをすることが人より長けているというだけで、労働という生産行為にできる才能は素晴らしい感動を我々に与えてくれるでしょう。

旅人も旅をするコトが労働になれば良いですね。

 

出場決定を受け「世界を驚かす覚悟がある」と胸にプリントされたT-シャツを着た日本代表を見たとき、「別の意味で(笑)」じゃなく本当に世界を驚かせてほしいと心の底から思いました。